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栄光

PIJ-INC

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FROM:飯田雅章
篠崎本社より

11~12は旅行に出かけた。

吾妻郡の嬬恋方面はやっぱり涼しく、都会のうんざりする暑さをしばし忘れることが出来た。

初日は、何をさておいても富岡製糸場。

繊維のプロとしては、群馬に行ってここに寄らないわけにはいかない。

繊維業に限らず日本の近代産業の先がけとも言えるこの工場を見るにつけ、つくづく繊維産業はこの国の基幹産業だったことに、同じ産業に従事する者として少しばかり胸を張りたくなった。

ともすると今日の様に、ただなんとなくアパレル業に就いた、なんて輩が安閑としていられるような産業ではなかった。

誰もが命がけで従事していた。

政府をあげて先進の外国人技術者(フランス人)を迎え入れ、自国に確固たる職人達を育成し、そしてそれを継続させていた。

その黄金の糸は、世界情勢もあいまって、世界に名だたる光沢を放った。

民間に売却される経緯を経ながら、各地方で培われた製糸業は次第に衰退していくも、現在でも残る工場は海外製とは一線を画す高級品を上市しているようだ。

工場の敷地内には、女性工員の宿舎、男性行員の宿舎、外国要人執務室、貴賓室、など当時にしては至れり尽くせりの施設。

きちっとした休みを与えられ、お給金も当時としては高給が支払われ、貧しい田舎に仕送りすれば親は驚いたことだと思う。

女工たちは、自分も切り詰めに切り詰めほとんどの給料を仕送ったに違いない。

技術を身に付けた工員たちが田舎に戻れば、小さなもの作りの集団も形成されただろうし、それがまた地方創生に発展してきた経緯もあっただろう。

今では、アジア近隣諸国の外国人研修生が我が国で稼ぎ、仕送りをしている。

我が国にそのお金が回るわけではない。

技術も人もお金も流出してしまった。

製糸工場に行ってこの一連の時代の流れを見た時、あらためて、年収が劇的に下がった引退を迫られたスポーツ選手が監督やコーチに就任することと、折り重なって見えた。

成熟国家は、引く手あまたの主役に返り咲くことはないのだろうか。




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Posted byPIJ-INC